
エノテカオグラの小松です。
マッツォリーノの取り扱いを始めるにあたり、
私とこのワイナリーとの出会いを少しお話ししたいと思います。
出会いは今からおよそ14年前、
当時私は横浜でイタリアワインの仕事をしていました。
その会社がマッツォリーノの輸入を手がけており、
ひょんなことから輸入担当を任せてもらうことになったのです。
以来、現地でのワイナリー訪問や、
生産者の来日に合わせたプロモーションなどを何度も経験しました。
マッツォリーノは、
私のイタリアワイン観を形づくってくれた特別なワイナリーです。
当時のスタッフとは家族のように親しく、今でも強い絆を感じています。
その後、さまざまな経緯を経て
現在のインポーターである仙石さんへと円満に引き継がれ、
そして今回、エノテカオグラで再びこのワインを取り扱えることを
心から嬉しく思っています。
ワイナリーはミラノから車で南へ約1時間、
パヴィアの街を越え、
ポー川を渡った小さな町カステッジョの近くにあります。
「オルトレポー・パヴェーゼ」とは
「ポー川を越えたパヴィア」という意味で、
現地ではボナルダや白仕立てのピノ・ネーロの微発泡ワインを
サラミとともに楽しむのが日常です。
マッツォリーノは、
そのオルトレポー・パヴェーゼの中でも
トップクラスのワイナリーです。
オルトレポーのピノ・ネーロを世界に知らしめた「ノワール」は、
ガンベロ・ロッソで何度もトレ・ビッキエーリを獲得しています。
そのほかピノ・ネーロやシャルドネからも、
素晴らしいワインを数多く生み出しています。
特に驚かされたのは、
瓶内二次発酵によるスプマンテ「クルアゼ」のクオリティの高さです。
以前はスティルワインと同じコンサルタントが手がけていましたが、
現在はシャンパーニュから専門の醸造コンサルタントを迎えているとのこと。
マッツォリーノの新しい挑戦を感じさせる一本として、
ぜひ一度お試しいただきたいワインです。
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テヌータ・マッツォリーノ
美しいパヴィアの街とブドウ畑を見晴らすコルヴィーノの丘に19世紀のお屋敷を構えるテヌータ・マッツォリーノ。フランス家系のブラジョッティ家の当時の当主、エンリコ・ブラジョッティは、国を超えて散らばっている大家族が常に集まれる場所を求め、1980年にオルトレポーで“マッツォリーノ(=出会いが生まれる舞台)”を意味するこの地にたどり着きました。そこで家族が集うテーブルに美味しいワインが溢れるように、という思いでテヌータ・マッツォリーノを立ち上げます。
オルトレポーDOCは、ミラノから南に約30分、長い歴史の中でフランスと縁のある土地です。そして古くからフランス由来の葡萄品種であるピノ・ネロやシャルドネが耕され、ミラノ人たちの食卓を潤わせ続けると同時に、隣のピエモンテがスプマンテの産地として発展してからは、ピエモンテにピノ・ネロを供給する産地としても位置づけられてきました。そうしたことからか、ピエモンテの更に田舎の風景を思い起こさせるオルトレポーは、“Vecchio Piemonte(=古き良きピエモンテ)”とも呼ばれています。
エンリコの娘であるサンドラが、そして更にその次の世代として、現在はサンドラの娘フランチェスカが代々の思いを受け継ぎ、新しい時代の指揮を取り始めた今、マッツォリーノは更に美しいイタリアとフランスのハーモニーを奏で始めています。
22haの畑に手を入れなおし、建築家ロレンツォ・ヴェルニの設計により醸造所を新たに建設します。敷地には果樹園や鶏、馬、そして美しい葡萄畑が共存し、まるで小さく美しい楽園のようです。これらなくして彼らの最高のワインについて語ることはできません。
また、ピノ・ネロを白ワイン醸造していた1980年頃、ピエモンテの"Mr.ワイン"ジャコモ・ボローニャ氏より、「この地は偉大な赤ワインとしてのピノ・ネロが生まれるべき土地である」と助言を受けたことは、マッツォリーノをはじめ、オルトレポーDOC自体を目覚めさせた大きな転換ストーリーとして最後に記述します。
オルトレポー、そしてイタリアを代表する偉大なピノ・ネロ。それがテヌータ・マッツォリーノを代表するピノ・ネロ「NOIR」。
サンドラはブルゴーニュで広く名が知られる醸造家のキリヤコス・キニゴプロス氏をチームへ迎え入れ、今やマッツォリーノが誇る代表的ワインとなったピノ・ネロ「NOIR」を生み出します。
このワインはイタリアワインガイドのガンベロ・ロッソで最高評価のトレ・ビッケーリを通算6回受賞するなど、現在オルトレポーのみならず、イタリアのピノ・ネロの代名詞として世界中に広く、その名が知られています。
(BIANCOROSSOオンラインショップ より)
